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サン・パウロ 観光施設に追加!!

サン・パウロについて

ブラジルの主要都市。人口は約1,100万人(2008年)高層ビルが立ち並ぶ、ブラジル最大の都市かつ南半球最大の都市。 最大の文化の中心、発信地としても南米一で、多数の美術館が点在する。 日系ブラジル人の約70%、約100万人が在住している。

[2012,6月]

ブラジル取材2012!!
アマラオさんに会いにカンピーナスへ

FC東京で活躍し、現役を退いた今もなお愛され続けている“King of Tokyo AMARAO”を訪ね、いざカンピーナスへ!!

- サンパウロ州カンピーナス市(Campinas), イトゥ市(Itu) -

★サンパウロからカンピーナス(Campinas)

 日本に帰国する前日、今回の旅の目的の一つであるアマラオさんとの再会を果たすため、カンピーナスを訪ねた。

 サンパウロ市内の長距離バスターミナルがあるチエテ(Tietê)を朝9時半に出発。 カンピーナス市はサン・パウロ州第2の都市で、 サン・パウロからハイウェイで100km強(約1時間半)の距離にある。

 長距離バスはトイレ付きでシートも広く快適。 農場や畑、丘の上に密集しているレンガ造りの家など、大都市サンパウロとは異なる郊外の景色を眺めながら、バスは時間通りターミナルに到着した。

 ターミナルにはアマラオさんと弟さんが迎えに来てくれた。 最後に会ったのはアマラオさんがブラジルに帰国する前日。 あれから半年足らずだが、随分月日がたった気がする。

 この日、二人には仕事があったのだが、許す限り一緒にいさせてもらうことにした。 まずは車で銀行へ。

 カンピーナス市はアマラオさんの故郷。11歳から、プロ契約を交わす20歳まで過ごしたこの街には思い出がたくさん詰まっている。 銀行の前の通りは主要なお店の並ぶ目抜き通りで、サッカーの練習後に仲間とすごした場所だそうだ。

 銀行の用事をすませ、ランチを食べにレストランへ移動。 車から街の景色を眺めていると、「今は家が並ぶけど引っ越してきた当時は何もなかったよ」と教えてくれた。

 子供の頃に遊びにきたという池の前にあるレストランに到着。お昼をすぎた頃には、ビジネスマンらしき人が増えてレストランは満員になった。 カンピーナスには大手企業の工場がたくさんあり、従業員が送迎バスで食べに来るそうだ。 レストランは測り売りのシステム(Por Kilo/ポルキロ)で、メニューがたくさん並んでいた。

 議員をやっているアマラオさんのお友達も合流し、日韓ワールドカップで日本に滞在した時の話を聞かせてくれた。

 ランチの後は、アマラオさんが練習に励んだサッカーグランドを案内してもらい、実家に到着。まずは、お隣の家のおじさんにご挨拶。 「この辺りはおじさんが作った場所だよ」とアマラオさんが紹介してくれた。 最近では最初に建てた教会の老朽化が激しくなったので、道路の向かいに新しい教会を建てたそうだ。 おじさんは商店を経営しながら街の発展に貢献をした街の偉人だ。

 実家ではお母さんがお迎えしてくれた。アマラオさんの家の2階の壁には湘南ベルマーレやFC東京時代の写真や、ロベルト・バッジオさん、日本で活躍したブラジル人選手と一緒に撮った写真が飾られている。

 ビリヤード台やトレーニング器具があるプレイルーム、「昔はよくここでバーベキューをやったんだよ」とテラスのバーベキュースペースを見せてもらった。 ブラジルの豪快な楽しいバーベキューの様子が思い浮かぶ。

 プロ選手となって過ごした街、イトゥ(ITU)市へ移動。 仕事に必要な書類を集めに役場から市役所、学校、警察署を廻り、再び学校に戻る。 書類を申請するところから受け取るところまで同席させてもらい、普通ではなかなか出来ない貴重な体験が出来た。

 移動の途中ではイトゥの繁華街を抜けながら、 「日本に来る直前にこの通りで買い物をしたんだよ」と教えてくれた。何気ない一言だが、とても感慨深い。

 次にイトゥアーノFCで一緒のプレイした、ホメウ・ベルボーザ・オリベイラさんのお宅へ向かった。

 ホメウさんは三浦知良選手とSEマツバラでチームメイトだったり、日本にもサッカーの親善試合で来日したこともある。 三浦選手は、その頃はまだベンチウォーマーだったという話や、イトゥアーノ時代や日本に来日した時の事を、懐かしい写真を見ながら話してくれた。

 思い出話をする二人のやり取りに大いに盛り上がりながら、ご家族の皆さんと一緒に食事をしているとそろそろ帰りのバスの時間が・・・。 短い滞在だったが、とても楽しいひとときを過ごした。

 イトゥのバスターミナルへ最後の移動。

 アマラオさんがイトゥに住んでいた選手時代に、実家に帰る時に利用していたバスターミナルは当時のまま。 その場所から同じようにバスに乗ることが出来て、別れの寂しさはあるけれど、なんだか嬉しかった。

「今日は雨が降って残念だったけど、天気がいい日はもっと素敵な街だから、またブラジルに来る時は遊びに来て」

「必ず、また来ます」そう言葉にした途端、何故だか戻ってこられる気がして、日本とブラジルの距離をぐっと近くに感じた。

アマラオさんと弟さんに見送られながら、バスはサン・パウロへ向けて出発した。

 アマラオ(AMARAL/Wagner Pereira Cardozo)
1987年 コメルシアル(サンパウロ州3部)
1989年 ~ 91年 イトゥアーノ(サンパウロ州1部)
1992年 パルメイラス(サンパウロ州1部)
1992年 ~ 98年 東京ガス(旧JFL)
1999年 ~ 2003年 FC東京(J2,J1)
2004年 湘南(J2)
2005年 ホリコシ(JFL)
2006年-07年 アルテ高崎(JFL) ※選手,監督
2009年-10年 FC刈谷(東海1部) ※選手,コーチ 10年~監督
2009年-10年 東京23FC(東京都1部) ※監督

 
最後に・・・

 実は、ブラジルに到着してから紆余曲折の末に、やっとアマラオさんに会うことができた。 一旦は会うことを諦めたりもしたので、カンピーナスのターミナルでアマラオさんの姿を見た時の感動は生涯忘れないだろう。

 仕事中にもかかわらず、突然の故郷訪問にもこころよくお世話をして頂き、 おかげで沢山の素晴らしい出会いと思い出を作ることが出来た。 アマラオさんと弟さんに心から感謝したい。

 また、リベルコン・ジャパンの本田さんにはビザと旅券の手配で大変お世話になった。 急な渡伯にかかわらず、その迅速できめ細かい対応には感激した。ありがとうございました。

 そして多忙な中で、時差をものともせず、アマラオさんとの再会をコーディネイトをしてくれたオジエルさんにも感謝。 あの時の激励がなければ会う事は出来なかったと思います。ありがと!!(笑)

(株)リベルコン・ジャパン (LIBERCON Japan, Inc.)

ブラジルを中心とする南米諸国の査証取得業務やコンサルティングを行い、多くの企業やJリーグチーム等を豊かな経験でサポートしている。

住所:東京都港区南青山2丁目22-17



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