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Mako&mashu リオのカルナヴァル徹底解剖!!
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[2017,5/6]

Coração do Brasil2 Mako&mashu
リオのカルナヴァル徹底解剖!!

- 東京, 吉祥寺 Baobab -

★リオのカルナヴァル徹底解剖!!

 5月6日(金)ゴールデンウイーク、この日も晴天! 東京アカラジェ&タピオカが主催のトークイベント『Mako&mashuリオのカルナヴァル徹底解剖!!』が、東京吉祥寺の世界のご飯とパクチー料理“バオバブ”で開催されました。

 ブラジル北東部の屋台ご飯を食べながらのトークショー、今回のテーマはカーニバルにおける、Escola(エスコーラ=サンバチーム)と、Bloco(ブロッコ)の違い。リオで活躍するお二人の先駆者から教えていただきました。

 リオのカーニバルというと、派手な衣装に身を包んだダンサーやバテリア(楽器隊)とゴージャスな山車が、専用会場をパレードするイメージが浮かぶかと思われますが、カーニバルはそれだけではないんです。じつはカーニバル週間にはブロッコと呼ばれる小規模のグループも街のいたるところでパレードやショーを行っています。

 そんなブロッコについて解説してくれたのは、2001年にリオへ渡り、歌手・パーカッショニストとして活躍してるMakoさん。Makoさんは、大人気パーカッショングループ、Monobloco(モノブロコ)のメンバーでもあり、女性だけのブロッコ、Mulheres de Chico(シコの女達)のメンバーとしても、活動しています。

 エスコーラの解説は、Mashu(宮澤摩周)さん。Mashuさんは、パーカッショニストとして日本で活動し、ブラジルではスペシャルリーグに所属する老舗エスコーラのヴィラ・イザベウ (G.R.E.S. Unidos de Vila Isabel)のバテリア(打楽器隊)で正規会員として、2005年より日本とブラジルを行き来しながら、何度もカーニバルに出場しています。

 二人の経歴とリオでの活動を写真や映像と共に拝見し、中でも印象的だったのは、エスコーラのメンバーとしてカーニバルに出場するまでのMashuさんのお話。

 Mashuさんは日本でサンバチームの起ち上げに参加しながら、数回の渡伯を重ねリオのカーニバルを見るうちに、「リオでエスコーラに入り、バテリア(打楽器隊)としてパレードに参加したい」という目標を持ちました。そして、語学留学をしました。

 リオのカーニバルに出場できるエスコーラに所属しているのは、ファベーラ(Favela)と呼ばれる貧困街や郊外に住んでいる人達です。自分の生まれ育った町にエスコーラがあればそこからメンバーに選ばれてカーニバルに参加するわけですが、それ以外の人達はスポンサーとしてお金をだして参加する以外はカーニバルに出場できません。特に審査の対象となる主要なポジションであるバテリア(打楽器隊)は、部外者は絶対にメンバーになれないポジションでした。

 ブラジルは貧富の差もあり、環境や生活レベルによって生きる範囲が決められてしまう社会。音楽も同様に、生まれ育った環境で身に着く音楽も限られてしまいます。サンバは貧困街に暮らす人々から生まれた音楽であり、その環境で暮らさない限り本物は手に入りません。裕福な人はその時期はリオを離れるなど、サンバカーニバルを観に行ったことがない人も大勢います。

 もちろん、見よう見まねでなく、本物サンバを勉強したいというミュージシャンもいます。そんな志をもった人達がサンバを勉強する為に、サンバコミュニティーの師匠でもある、メストリ・ゼー・トランビキ氏を呼んで、1年程、サンバの勉強会を開いたそうです。

 Mashuさんも留学中に毎週一回通って楽器の演奏はもちろん、サンバに必要な知識すべてを学びました。そして、日々の試験にも合格し、やっと師匠からヴィラ・イザベウに足を踏み入れることが許されました。

 ヴィラ・イザベルにたどり着いてからも、道のりは簡単ではありませんでした。練習に参加できるようになったとしても、コミュニティーの人達に認められないといけません。そこでまずは仲間と認知されるまで、11月からカーニバルが終わるまで、ヴィラ・イザベウの街の通りを毎日歩きました。同じ環境で生活するということが、最も大切なことでもあったのです。そして、その街の住民として徐々に認められるようになりましたが、結局2006年のカーニバルには出ることが出来ませんでした。不運にも2006年は、ヴィラ・イザベウが優勝しました。

 「来年までに何をしたらメンバーとして認めてもらえるのか?」見えないゴールに向かって悩んだこともあったそうです。でも、トランビキ師匠の次の年に全部のエンサイオ(50回以上)に出たら出場を認めてあげようという言葉に導かれ、ついに記念すべき瞬間がおとずれました。2007年のカーニバルにバテリアとして出場。日本人が初めてヴィラ・イザベウの正規会員としてサンバの聖地“サプカイ(Sambódromo da Marquês de Sapucaí)”を歩いたのです。(2013年のカーニバルで優勝!)

 ただ楽器が出来るようになるだけでなく、メンバーとして参加するには、その街の一員にならないといけない。バテリアの人数は決まっている。審査の対象になるポジションの一つであるその重要なポジションに選ばれることがどんなに大変なことか。

 一方のブロコは、カーニバルに出られない地域の人たちで構成され、街をパレードします。ブロコでは、サンバの名曲から、サンバ以外の様々な音楽もサンバの楽器で演奏してアレンジしたり、誰でも参加できるのが特徴です。

 モノブロコの人気に象徴されるように、カーニバルの新たな楽しみ方として盛り上がりを見せていますが、2000年の段階では今ほど盛り上がっていなかったそうです。

 Makoさんはそんなブロコのこれまでの遍歴から、今年はリオ市の予算が削られブロコの活動が縮小している悲しい現状も語ってくれました。

 その他、お二人から今年のカーニバルの話もありました。今年のカーニバルで数件起こった人身事故の真相や、ヴィライザベルの衣装の話、昨今のエスコーラの問題点などなど。まだまだ聞きたいことがありましたが、摩周さんもまだまだ話したいことがあるそうなので次回に期待です。

 イベントではトークショーの他に、バイーア地方のブラジル料理も堪能しました。

 日本ではほとんどお目にかかれない料理で、黒目豆の生地を揚げたとアカラジェと、黒目豆の生地を蒸したアバラーに、まろやかで優しい味の海老出汁の作ったソース、ヴァタパーやカルルーはブラジル人でも食べたことのない人がいる料理です。そして、タピオカクレープ。

 ソースは南米の肉料理のようなはっきりとした塩味でなく、出汁に塩分と甘さでブラジルの食材を引き立て、繊細でまろやかな味付けは日本料理のお惣菜のようにホッとする味。黒目豆の生地もヘルシーで腹持ちもいいです。

 今回びっくりしたのは、本場ブラジルの味をそのまま再現されているそうです。東京アカラジェ&タピオカは5年目になりますが、最近もブラジル修行をしたそうです。食材を揃えるのも大変だと思いますが、当初から味がぶれていないところが凄いと思います。

 日本人の好みに合うように変えなくても受け入れられる、これほど、嬉しいことはありません。様々なイベントに出店しているので、見かけたときはブラジル北東部の郷土料理を食べてみてください。(食材や詳しい情報は以前取材した特集記事をご覧ください。 →正太郎のVAMOS!!!BRASIL!!!

 貴重なトークショーと美味しい食事。どちらも身になる、楽しいイベントでした♪

 帰国中のMakoさんのLIVE(最終5月27日)情報は、WEBサイトをチェック!
http://www.makobrasil.com/

 Mashuさんが、Vila Isabel のサンバを日本で再現させようと誕生させたブロッコ! →Quer Swingar Vem Pra Cá !